Vol.52 中島 京子 10回生
創立50周年記念 特別寄稿
2020年10月31日、共立女子第二高等学校の創立50周年記念式典が挙行されました。この式典において、本校の第10回卒業生、直木賞作家の中島京子さんによる記念講演が開催されました。「咲き誇る未来に向けて」を演題として、自らの学校での思い出話も織り込みつつ、高校時代にしておくべきオススメごとなどをお話していただきました。
今回は、中島京子さんに寄稿していただいたメッセージをまとめてご紹介させていただきます。
世代を超えてつながる先輩?後輩の絆
未来の妹たちへ、卒業生からのメッセージ
私は一九七九年に共立二高に入学し、三年間、月夜峰の校舎に通いました。
入学して間もないころ、家庭科の先生は私たちをヨモギ摘みに連れだして、摘んだ野草を使ったヨモギ餅の作り方を教えてくれました。生物の先生には、西洋タンポポと日本タンポポの見分け方を習いました。「西洋タンポポのほうが外来種で強いから、いつか日本タンポポは駆逐されてしまうかもしれないけれど、このあたりのタンポポはほとんどが日本タンポポなんだ」と先生は言いました。あれから何十年も経ってしまいましたが、日本タンポポはどれくらい残っているでしょうか。
私の高校時代の記憶は、ほとんどが月夜峰の自然と結びついています。周囲の山が綿帽子をかぶったように白っぽく花を纏う姿、林を渡る風の音、秋になると美しく色を変える木の葉、中庭に音もなく積もって行く雪。四季折々の自然の姿が、いつもそこにあり、何もしなくても、揺れる葉っぱを眺めるだけで時間はいくらでも過ぎてしまう、高校三年間は、そんな贅沢な時代でした。毎日ハイキングに行っているみたいな環境でした。風の中で、とりとめもなく物を思う時間をたっぷりと持てた、たいへん貴重な三年間でした。
もちろん友達もたくさんでき、よく笑った高校時代でしたが、大人になった私にとっていちばん重要なのは、自然をとても親しい友人のように感じる感覚が養われたことだと思います。いまも、山道や林の中を歩く機会があると、懐かしいような気分になります。逆に自然の息吹が足りないと、自分自身が縮こまって息苦しくなります。人との関係は、ときにややこしくもなりますが、そんなとき、自然を友達だと思う感覚を持っていると、気持ちはずいぶんラクになるものです。
誰かに自慢したくなる、広い校庭も好きでした。私自身はインドア派で、文芸部で小説を書いたり、落語研究同好会を立ち上げたりしていましたが、陸上部の友達がストレッチをしたり、ランニングをしたりするのを、校庭までよく見に行ったものです。
これからこの学校で学ぼうというみなさんには、ぜひ、東京でいちばんいい空気の中で思い切り深呼吸をして、のびのびした時間を過ごしていただきたいと思います。気持ちがリラックスすると、いいことがいっぱいあります。私の母は、「あんた、高校に入ってから姿勢がよくなったわ」と言っていました。人は自然の中にいると、背筋も伸びてくるものらしいです。いい友達をたくさん作って、楽しい学校生活を送ってください。
プロフィール
1982年 共立女子第二高等学校 卒業
東京女子大学文理学部史学科へ進学、卒業
日本語学校、出版社勤務を経る。
1996年 インターンシップ?プログラムで渡米
1997年 帰国、フリーライターに
2003年 『FUTON』で小説家デビュー
2010年 『小さいおうち』で第143回直木三十五賞受賞
2014年 『小さいおうち』が山田洋次監督により映画化
『妻が椎茸だったころ』で第42回泉鏡花文学賞受賞
2015年 『かたづの』で第3回河合隼雄物語賞
?第4回歴史時代作家クラブ作品賞
?第28回柴田錬三郎賞をそれぞれ受賞
2020年 『夢見る帝国図書館』で第30回紫式部文学賞を受賞